ウクライナ情勢を巡る外交戦が、かつてない慌ただしさを見せている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は11月27日、ウクライナ東部のドンバス地方(ルハンスク、ドネツク両州)からのウクライナ軍撤退が、戦闘停止の必須条件であると改めて表明した。一方、米国とウクライナはジュネーヴで和平案の修正協議を進めており、事態は「対話」と「圧力」が交錯する極めて複雑な局面を迎えている。
硬化する領土問題と戦場の膠着
プーチン氏の要求は明確である。ロシアが一方的に併合を宣言した地域、特にドンバス地方の実効支配をウクライナが放棄しない限り、武力による制圧を続行するというものだ。これに対し、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「領土の譲歩はあり得ない」との立場を堅持している。
この強硬姿勢の背景には、戦況の膠着(こうちゃく)がある。米シンクタンク「戦争研究所」の分析によれば、ロシア軍が現在のペースでドネツク州全域を制圧するにはさらに2年近くを要するとされ、プーチン氏が主張する「戦場での主導権」と、実際の進軍速度には乖離が見られる。しかしながら、ウクライナ側が不利であるのは明確であり、北朝鮮軍などの全面的な支援を受けているロシア側は軍事力、経済力いずれにおいてもウクライナ側を凌駕しており、ウクライナは欧米の支援により、何とか前線を維持している状況だ。
更に深刻なことに、先日にはウクライナのゼレンスキー大統領の側近が汚職疑惑で失脚しており、政治的基盤においてもウクライナ側は窮地に立たされている。
また、両国の対立は物理的な戦闘にとどまらない。ロシア外務省は、ウクライナ軍によるベルゴロド州などへの無人機攻撃や、オデッサ市憲章からのロシア帝国の痕跡削除などを挙げ、キーウ政権を「ネオナチ」「テロリスト」と激しく指弾している。対するゼレンスキー氏は、ロシアの侵略行為こそが国際法違反であり、平和への努力を「見下している」と批判する。相互の不信感は、歴史認識や文化的アイデンティティの領域にまで深く根を下ろしているようだ。
加速する米国の仲介と正統性を巡る攻防
こうした中、トランプ米政権の本格的な仲介を見据えた外交活動が活発化している。米国が提示した和平案は当初ロシア寄りとも評されたが、欧州を交えた協議を経て修正が加えられた模様だ。来週にはスティーヴ・ウィトコフ特使やジャレッド・クシュナー氏ら米代表団がモスクワを、ダン・ドリスコル米陸軍長官がキーウを訪問する予定とされ、米国の関与が急速に深まっている。なお、ウィトコフ氏に関しては、ロシア側に有利な交渉を進められるよう情報提供を行ったとの証言が浮上し、特使としての適性に疑問が呈されてもいる。
また、交渉の前提となる「当事者の正統性」においても火種が残る。プーチン氏は、戒厳令下で選挙が延期されたゼレンスキー氏の任期切れを理由に、その正統性を否定し、合意署名は「無意味」と断じた。これに対しウクライナ側は、議会の全会一致による決議を盾に正統性を主張している。そもそも、ウクライナ側からすれば今回の戦争がなければ予定通りに選挙が行えていたのであり、ロシア側の主張は到底受け入れられるようなものではないだろう。
今後の見通し:楽観論と懐疑論の狭間で
今後の焦点は、米国の仲介が、領土問題という核心的な対立を解消できるかにある。トランプ氏は「残る対立点はわずか」と楽観的な見方を示すが、欧州諸国やウクライナは、ロシアが真に戦争終結を望んでいるのか極めて懐疑的だ。また、米国内でも先述のウィトコフ氏の問題などから、トランプ政権に仲介者としての能力があるのか、疑念が提起されている。
欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が指摘するように、プーチン氏が「影響圏」の確保という旧来的な地政学観に固執し続ける限り、外交交渉は難航が予想される。米国の特使派遣が事態打開の呼び水となるのか、あるいはこれまで通りにロシアの和平姿勢のアリバイ作りに終わるのか。和平への道筋は、なお霧の中にあると言わざるを得ない。
用語解説
ドンバス地方: ウクライナ東部のルハンスク州とドネツク州の総称。親ロシア派勢力が多く、2014年以降、紛争の主要な舞台となっている。
戒厳令: 戦争や内乱などの非常時に、立法・行政・司法の権限を軍隊に移行し、国民の権利を制限する法的措置。ウクライナではロシアの侵攻以降発令されており、これにより選挙の実施が見送られている。
戦争研究所(ISW): 米国に拠点を置く非営利のシンクタンク。公開情報を基にした詳細な戦況分析で知られ、ウクライナ侵攻においても主要な情報源の一つとなっている。
参考
The Ministry of Foreign Affairs of the Russian Federation
President of Ukraine Official Website
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