米国は2025年12月15日、WTO(世界貿易機関)改革に関する声明を公表し、現行の多国間貿易体制に対して深刻な懸念を示した。具体的には、①意思決定と制度設計、②安全保障と主権、③過剰生産や非市場的慣行といった問題に対して米国の懸念を強く表明した形だ。米国はWTOの限界を強調しつつ、今後は有志国間(プルリラテラル)合意を重視する姿勢を明確にした。
声明の骨子:多国間交渉の限界と制度改革要求
米国の主張の根底には、「166加盟国の合意形成は現実的に困難であり、多国間交渉は限界に達している」という問題意識がある。そのため、全加盟国の一致を前提とする枠組みよりも、志を同じくする国同士で成果を積み上げる有志国間合意の優先が望ましいという立場である。
さらに、最恵国待遇(MFN)については、市場経済を追求しない国が存在する現代において「全加盟国を平等に扱う」前提自体が時代遅れになっていると示唆している。不公正な慣行に対しては、より柔軟に差別的な対応を可能にする改革が必要だという論理である。
途上国向けの優遇措置(SDT)についても、有力な経済国が「途上国」を称して優遇を受け続けることは制度の信頼性を損なうとし、SDTは恒久的な特権ではなく、ルール遵守へ向けた一時的ツールであるべきだと位置づけている。また、WTO事務局については、中立的な行政の枠を超えて政策提言や独自調査、加盟国への圧力を行い、権限を侵食していると批判した。
安全保障と主権:紛争処理が踏み込めない領域の強調
米国は、安全保障例外に関して「各国が自国の安全保障上の利益を保護するための措置を講じることは主権的権利である」と主張し、WTOのパネル(紛争処理小委員会)がその是非を判断する権限はないという立場を取る。すなわち、通商ルールによる制約よりも、国家の裁量を優先する設計を求めているのである。
経済安全保障についても、機密保持や共通の価値観を前提とする議論が不可欠であり、背景の異なる166カ国が同一の場で扱うことは不適切だという認識が示されている。ここには、安全保障を理由とした政策運用の余地を広げたい意図が透けて見える。
WTOでは対処できない構造問題:供給網・過剰生産・非市場的慣行
米国は、供給網(サプライチェーン)の強靭性確保について、WTOが自由化を優先しすぎる「偏向」を持つとみなし、重要物資の国内生産や特定国への貿易障壁といった施策と相容れないと述べる。自由化の規律が、むしろ脆弱性を拡大させるという評価である。
また、一部の国による巨額の補助金や非市場的政策が生む過剰生産や生産の過度な集中に対し、WTOの監視や紛争解決機能は十分に機能してこなかったという不満がある。声明で繰り返される「非市場的慣行」は、中国を念頭に置いた概念として理解しやすい。米国は、WTOによる仲裁よりも、直接交渉を通じて問題を打開したいという発想を強めていると解釈できる。
含意:多国間秩序への懐疑が同盟国にもたらす課題
この声明は、多国間枠組みと自由貿易に対する米国の懐疑を鮮明にし、他の西側先進諸国との立場の違いを際立たせるものである。特に日本は国際協調と自由貿易の維持を大前提としているため、米国が「WTOの限界」を強調しつつ二国間・有志国間を優先する局面では、通商交渉が従来以上に複雑化する可能性が高い。
さらに、国内政治の観点からは、自由貿易やグローバル化に懐疑的な層へ「強硬姿勢」を示すシグナルとしても機能し得る。制度改革論は理念の提示に留まらず、対中姿勢や国内政治、同盟調整を同時に内包する政策メッセージである点に注意が必要である。
参考
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/12/8a842e998a6078b5.html
https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=Q:/WT/GC/W984.pdf&Open=True